仙台高等裁判所 昭和48年(ネ)191号 判決 1974年11月27日
控訴人(附帯被控訴人)
中島寛
右訴訟代理人
吉川光子
被控訴人(附帯控訴人)
中島イツノ
外三者
右訴訟代理人
津田晋介
主文
附帯控訴に基づき、原判決を取り消す。
原判決添付別紙第一目録記載1の土地及び同第二、第三目録記載の各土地につき、被控訴人(附帯控訴人)中島イツノが八一七一万四〇〇〇分の一三六一万九〇〇〇の、被控訴人(附帯控訴人)中島弘が八一七一万四〇〇〇分の四〇七万二五四五の、被控訴人(附帯控訴人)奥山寿子が八一七一万四〇〇〇分の三一三万〇三九三の、被控訴人(附帯控訴人)豊岡好子が八一七一万四〇〇〇分の二九三万三五九九の各持分を有することを確認する。
控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)らに対し、前記各土地につき被控訴人(附帯控訴人)らが前記各該当持分を有する旨の変更登記手続をせよ。
被控訴人(附帯控訴人)らのその余の主位的請求を棄即する。
訴訟費用は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。
事実《省略》
理由
一亡中島松吉の相続関係については、原判決の理由説示第一の一と同一であるから、ここにこれを引用する。
二被控訴人イツノは原判決添付別紙第一目録記載の各土地(以下原判決添付別後目録記載の土地については第一の1の土地の如く目録と土地の各番号で表示する。)につき持分二分の一を有する旨主張するが、<証拠>によると第一の1の土地につき昭和七年七月一三日付売買を原因として西田清七から松吉に所有権移転登記がなされていることが認められるので、反証のない限り第一の1の土地は松吉の特有財産と推定すべきである。
被控訴人イツノは松吉と結婚後農業に精進して得た収入により第一の1の土地を買い受けたものであるから、松吉との共有である旨主張し、<証拠>によれば、被控訴人イツノは松吉と結婚以来松吉に協力して農業に従事し、第一の1の土地購入につき協力寄与しているものと推認しうるが、かかる場合、民法は、別に財産分与請求権、相続権ないし扶養請求権等の権利を規定し、これらの権利の行使により、結局において夫婦間に実質上の不平等が生じないよう配慮しているから、右協力寄与の事実をもつて右推定を覆すことはできず、他に右推定を左右するに足る証拠はない。
<証拠>によると、第一の2の土地については昭和二七年九月一七日控訴人所有名義に保存登記がなされていることが認められるので、第一の2の土地は控訴人の所有に属すると推定すべきであり、右推定を覆すに足る証拠はない。
そうすると、第一の1、2の土地つき持分二分の一を有することを前提とする被控訴人イツノの請求部分は失当である。
三次に、被控訴人らの遺留分滅殺請求に基づく主位的請求の当否につき以下に判断する。
1 前記のごとく、松吉が昭和四一年四月六日死亡し、被控訴人ら主張の七名がその主張のように相続人であり、また第一の1、第二、第三の各土地、(以下原判決添付別紙第六目録記載の番号により表示する。但し第三の3の土地はそのまま。)、第六の1、16ないし22の各不動産が亡松吉の遺産であること、第六の1ないし22の各不動産の価額が原判決添付別紙第六目録記載のとおりであること、松吉は控訴人に対し第六の1ないし18、第三の3の各不動産を、被控訴人弘に対し第六の21建物を、被控訴人寿子、同好子に対し第六の22の土地をそれぞれ遺贈したこと、松吉から被控訴人寿子が三〇万円(控訴人は四〇万円と主張するが三〇万円を超える部分を認めるに足る証拠はない。)、同好子が五〇万円の各贈与を受けたこと、以上の各事実はいずれも当事者間に争いがなく、亡松吉に遺産債務がなく、遺産である動産が無価値であることは、被控訴人らが明らかに争わないので自白したものとみなす。
<証拠>によれば、亡松吉は生前養子の中島重子(控訴人の妻)と孫の中島皆右衛門に対し第六の19の土地の持分二分の一づつ、中村皆右衛門に対し第六の20の土地をそれぞれ遺贈したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
被控訴人ら代理人は第一の2、第四の1ないし12の各土地も亡松吉の遺産である旨主張するが、これを認めるに足る証拠はないので、右の主張は採用できない。
2 そこで、前記各事実に基づき被控訴人らの遺留分を計算すると次のとおりとなる。
(一) 遺留分算定の基礎となる財産
(1) 亡松吉が相続開始時において有した財産の価額(以下価額は相続開始時のもとである。)
a 第六の1ないし22の不動産の価額合計八七五二万一四〇〇円
b 第三の3の土地の価額
原審鑑定人佐藤芳雄の鑑定の結果によると、第三の3の土地の現況は原野であり、同じく現況原野である第六の10、13の土地と第六の11、12の土地の間に存在することが認められ、右認定に反する証拠はない。
そこで、第六の10ないし13と同一基準により第三の3の土地の価額を算出すると、二五万四六〇〇円(1900円×134坪=254,600円)となる。
c 右a、bの合計額八七七七万六〇〇〇円
(2) 亡松吉が生前贈与した金員計八〇万円
内訳
被控訴人寿子三〇万円、同好子五〇万円
(3) 遺留分算定の基礎となる財産の価額
前記(1)のcと(2)の合計八八五七万六〇〇〇円
(二) 各被控訴人の遺留分
(1) 被控訴人イツノ 一四七六万二六六七円(円未満は四捨五入した。以下同じ)
(2) 被控訴人弘 四一三万八八八九円
(3) 被控訴人寿子 三一八万一三八九円
(4) 被控訴人好子 二九八万一三八九円
3 控訴人に遺贈された不動産の価額
(一) 第六の1ないし18の不動産の価額計八一四五万九四〇〇円
(二) 第三の3の土地の価額二五万四六〇〇円
(三) 右(一)、(二)の合計八一七一万四〇〇〇円
4 中島皆右衛門に遺贈された不動産の価額
(一) 第六の19の宅地の価額(二分の一)一一五万円
(二) 第六の20の土地の価額
一〇万一〇〇〇円
(三) 右(一)、(二)の合計一二五万一〇〇〇円
5 被控訴人らの遺留分を侵害している遺贈部分の価額
(一) 控訴人に遺贈された内、七六七九万三一一一円
81,714,000円(遺贈された不動産の価額合計)−
4,920,889円(控訴人の遺留分相当額=
76,793,111円
(二) 中島皆右衛門に遺贈された不動産の価額一二五万一〇〇〇円
(三) 民法一〇三条本文により右(一)、(二)の遺贈部分は価額の割合に応じて減殺されるべきである。
6 被控訴人らが控訴人に対し減殺しうる遺贈部分の価額は次のとおりである。
(一) 被控訴人イツノ 一四五二万六〇三〇円
(二) 被控訴人弘 四〇七万二五四五円
(三) 被控訴人寿子 三一三万〇三九三円
(四) 被控訴人好子 二九三万三五九九円
7 ところで、遺留分権利者が受遺者、受贈者に対して行う減殺請求権は形成権であつて、その意思表示がなされると、法律上当然に減殺の効力を生じ、遺留分権利者は遡及的に目的物につき持分を取得するものと解するを相当とする(最高裁昭和三五年七月一九日判決民集一四巻九号一七七九頁、同昭和四一年七月一四日判決民集二〇巻六号一一八三頁、同昭和四四年一月二八日判決判例時報五四八号六八頁参照)。これを本件についてみるに、被控訴人らが昭和四一年一〇月六日到達の書面で控訴人に対し遺留分減殺の意思表示をなしたことは当事者間に争いがないから、亡松吉から控訴人に対しなされた第六の1ないし18、第三の3の各不動産の遺贈は、被控訴人らの遺留分を侵害している前記6の限度において当然に無効となり、その結果第六の1ないし18、第三の3の各不動産は相続開始時に遡及して控訴人と被控訴人らの共有となり、そして、第六の1ないし18、第三の3の各不動産の相続開始時の価額の総額は前示のとおり、八一七一万四〇〇〇円であるから、被控訴人らは第六の1ないし18、第三の3の各不動産につき遺留分が侵害された前記6の価額相当分の持分を有するということができるから、被控訴人イツノの持分は八一七一万四〇〇〇分の一四五二万六〇三〇、被控訴人弘の持分は八一七一万四〇〇〇分の四〇七万二五四五、被控訴人寿子の持分は八一七一万四〇〇〇分の三一三万〇三九三、被控訴人好子の持分は八一七一万四〇〇〇分の二九三万三五九九となる。
8 控訴代理人は被控訴人イツノの遺留分滅殺請求権の行使は権利の濫用であつて許されない旨主張する。
<証拠>によると、被控訴人イツノは大正一五年一一月松吉の後妻として同人と結婚し(昭和二年四月一八日届出)、爾来松吉や控訴人らとともに農業に従事し、昭和三九年松吉が直腸がんに罹患して病臥するや、同人の入院中も、自宅療養中も松吉を看護してきたこと、ところが、被控訴人イツノが控訴人の目を逃れて食糧品等を被控訴人弘方へ運んだり、飲酒した際などに被控訴人弘が中島家の長男だというような言動があつたため、被控訴人イツノと控訴人が不仲になり、控訴人が被控訴人イツノに暴力を振うようになつたこと、そして、昭和四〇年八月一三日控訴人が被控訴人イツノに対し些細なことから暴力を振つたため、被控訴人イツノは家を出て被控訴人弘方に身を寄せたこと、被控訴人イツノは、昭和四〇年一一月松吉を相手方として山形家庭裁判所新庄支部に対し、控訴人の暴行を松吉がとめないので同居に耐えられないとして、離婚等の調停の申立をし、また昭和四二年二月一三日控訴人とその妻重子を相手方として、山形地方裁判所新庄支部に対し、自己の不知の間に養子縁組がなされたとして、松吉と被控訴人イツノを養親とする養子縁組無効の訴を提起したこと、松吉は、被控訴人イツノが昭和四八年八月一三日より病気中の松吉を願みずに被控訴人弘方に同居し、離婚の調停を申立てているので何ら遺贈しない旨遺言していること、以上の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない(乙第三号証((遺言公正証書謄本))第六条に離婚の訴とあるのは、離婚調停の申立の誤記であることは弁論の全趣旨に徴し明らかである。)。
前記認定の事実からみると、被控訴人イツノの家出、離婚調停の申立等は、松吉、控訴人、被控訴人イツノらの親族間の紛争に端を発したもので、被控訴人イツノを一方的に責めるのは酷に失するものとみられ、これらの行為があつたことの一事を以て直ちに被控訴人イツノの遺留分減殺請求権の行使が権利濫用として容認できない程非難されるべき行為ということはできず、他に控訴人のこの点に関する主張事実を認めるに足る証拠はない。
よつて、控訴人の右主張は採用できない。
9 以上の理由により、被控訴人らは第六の1ないし18、第三の3の各不動産につき、前記認定の各持分を有するところ、第六の2ないし15、第三の3の各土地が控訴人所有名義に登記されていることは当事者間に争いがないから、被控訴人らは右認定の持分に基づき、控訴人に対し、右各土地につき右持分を有する旨の変更登記手続を求めることができるというべきである。
10 控訴人は、被控訴人らの遺留分減殺請求に基づく現物返還に代えて価額による弁償を主張している。
ところで、民法一〇四一条一項は、受贈者及び受遺者は、減殺を受けるべき限度において、贈与又は遺贈の目的物の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免かれることができる旨規定し、受遺者・受贈者に対し目的物を返還するか、その価額を弁償するかの選択権を与えているが、受遺者・受贈者において、価額弁償の意思表示をしたのみでは、遺留分権利者の目的物返還請求権は消滅するものでなく、現実に価額の弁償がなされてはじめて目的物返還請求権が消滅するものと解すべきである。即ち、遺留分権利者の目的物返還請求権は物権的に保護されているのに対し、受遺者・受贈者の価額弁償の意思表示により、これが消滅し、金銭債権である価額弁償請求権にかわるとすれば、民法上右価額弁償請求権に優先的効力を与える旨の規定がないので、遺留分権利者は、他の一般債権者と同じく単に積極的な保護が与えられるにすぎなくなり、不当だからである。
これを本件についてみるに、控訴人において目的物の価額を現実に弁償した旨の主張立証のない本件においては、控訴人の右主張は採用できない。
四以上の次第により、被控訴人らにおいて第一の1(第六の7)、第二の1ないし7(第六の2ないし6、8、9)、第三の1ないし7(第六の10ないし15)の各不動産につき前記認定の各持分(但し、被控訴人イツノについては申立の範囲である六分の一の限度)を有し、控訴人においてこれを争うことは訴訟の経過により明らかであるから右持分の確認を求める利益ありとすべく、被控訴人らの主位的請求は、被控訴人らの右の各持分を有することの確認と同持分に基づき右各不動産につき同持分を有する旨の変更登記手続を求める限度で正当として認容すべきであり、その余は失当として棄却すべきである。
よつて、被控訴人らの主位的請求を棄却し予備的請求を一部認容した原判決を取り消すこととし、原審及び当審における訴訟費用の負担につき民訴法九六条九二条但書を適用して主文のとおり判決する。
(井口源一郎 伊藤俊光 佐藤貞二)